高岡漆器(たかおかしっき)
富山県高岡市の漆器は*勇助塗のほか中国風の*箔絵、*青貝細工、銀箔混合の白漆などが特色で、製品は座卓、盆、棚などである。歴史的には慶長年間(一五九六ー一六一五)にすでにわずかながら家具類の製作がみられ、明和(一七六四ー七二)頃に京都より辻屋丹甫が来て、*堆朱や*存星、および中国風の漆器を製作し有名になった。その門下には辻円楓や板屋十右衛門がおり、文化・文政(一八〇四ー三〇)には礪波屋桃造、石井勇吉、天保・弘化(一八三〇ー四八)には板谷小兵衛、そして明治に入って*石井勇助、三村卯右衛門らの名工を輩出した。明治時代には勇助塗のほか*錆絵、箔絵、青貝細工(*螺鈿)などの漆器を産し、その中で産業的には青貝細工が残って特産となっている。また県立工芸学校(現県立高岡工芸高等学校)の教師村上九郎作が考案したといわれる*鎌倉彫風の彫刻漆器も広い販路を有し、菓子器や盆などの産額が最も多い。なお昭和二十四年通産省より、重要漆工集団地に指定された。